多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

夜の空を独り占める

 会社を辞めて良かったことの一つが、深夜にいくらでも散歩が出来ることだ。

 会社員だった時は、当然翌日に仕事があるので、土曜くらいしか夜に起きていられない。金曜は疲労困憊で外出する気にはなれない。

 大学生の時は神戸の山に住んでいて、深夜に出歩いたら2日連続で猪と遭遇して以来、夜に不必要に外出しないようになった。

 なので、いくらでも夜に外にいられるようになったのは最近だ。

 家に閉じこもり、精神が崩壊しそうになった時は外に出て、なんとか崩壊をやり過ごさないといけない。外をとにかく歩き回り、負に一直線に向かう精神をごまかさないと。そんな時に外に大量の人間がいる五月蠅い世界だと、イライラが溜まり、もう全てが消えてしまえというもうどうしようもない気持ちになる。周りの騒音で精神が焼き切れる。耳をふさぎ、心を殺し、肉体だけの存在だけになる。

 だから人がいない深夜の世界を散歩するしかない。

 深夜の町はとても静かだ。外に人はほとんどいないし、声もしない。虫の声が静かに響き渡る。暗闇に覆われ、辺りを照らすのは街灯。周りの家の明かりはほとんど消されている。

 そんな世界を歩いていると、もう世界は滅んでしまって、自分だけが生きているように思えてくる。終わった世界。抑圧され、縮こめられていた世界が、広く感じる。私が世界の中心であるような。世界の広さと比例して、心も大きくなる。

 精神は落ち着き、なんとかなるような気持ちになったりならなかったりする。でも、どうしたってマシだ。

 だから深夜の世界が好きだ。誰にも邪魔されない。誰もいない。私だけが存在している。静かで、少し冷たいような空気を吸い込むと、夜の暗闇でも、世界が輝いているように見えてくる。

 空を見上げれば、今日は満月。月が照らされている。月を薄く覆う雲を突き抜けて、私も照らされる。雲が黄金色に暗く輝きながら、ゆっくりと流れていく。私だけがそれを見ている。私だけが色を付けられる。

 こういう景色が見られるから今日も生きているんだよな。そんなことを考えながら今日も夜の空を独り占める。