多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

揺蕩いながら

 相変わらず社会はゆらゆらしている。

 元々がジェットコースターに振り回されているような人生だ。だから社会全体がコーヒーカップにかき回されてているのを見ると、社会が私に追いついたと思う。勿論、追いつく暇も無いほどこちらは飛び回っているし、そいつのせいでこちらの加速も増す。迷惑なこった。ただ、元来ベンチで幸せそうにしていた連中が振り払われまいと必死なのは見てて面白い時もある。非常なのは同じだが、相対的には得。大体、こうですから。まあ、ロケットに乗らされて右往左往してる気の毒な人達もいるが...。無事に還ってくるか、さっさと途中で降りるかかな。

 さっさと事態が治まるか、いっそのこと人類滅亡してほしい。私の理想の死に方の一つとして、人類が全員死ぬというのがある。平等って言葉、みんな好きでしょ。

 歴史的瞬間にも立ち会えるわけだし。当事者になるのも好きでしょ。

 何も持たない人間は死が得である。失うものがない。何かを持つ人間は死によりそれを失う。先天的か後天的にか知らんが、失うのは怖い。惜しい。ならば何も持たなければいいのにとも思う。

 得ようとするのも失うのも疲れた。

 死は全てを平等にしてくれる。残るのは生と死があったという事実のみ。所詮は一生物の一個体であるのみ。

 今日も世界は揺れる。私もかき混ぜられる。ぐちゃぐちゃ。