多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

26年生きました。

 今日で26年生きた。まあ、おめでたいことである。

 それにしても結構長く生きたものだな。26年も生きるとは全く思ってなかった。10代の頃、人生に夢も希望も目的も理由も全て失い、それどころか元々無いことに気づき、絶望して死にそうになった。が、まあそんなものは無くてもなんやかんや生きている。それを見つけようとしたり、探すよりも、諦めて開き直って、そんなものない方が楽だ。なくても生きれたわ。

 まあ、死ななければ、生きることが出来た学生の時とは違い、日本で住所を持って生命活動を行うためには金が必要である。生きようと思っても、生命維持が出来なければ死ぬ。まあ、生物なんで当然だ。生きるだけでは生きることが出来ない。

 それにしても25歳は長かった。去年の3月に会社行かなくなって、9月に辞めたんだけど、感覚的には5年くらい無職である。出来ることならそんだけ無職したい。

 1年働いて感覚5年無職なら得な感じだが、働いていた地獄の期間も5年くらいの長さ、辛さだった。もう、5年くらい前の気分だが...。だから、5年働いて5年無職してる感覚だ。それはそれで得か?2年とちょっと前まで大学生だったのが信じられない。

 無職といっても、精神が狂ったり、聴覚に異常が出たり、歯が痛すぎたりと並大抵ではない苦しみを味わっていたんだけど。気楽で自由な生活なら良かった。

 人生、OOしなきゃとかOOであるべしとか色々言われているけど、別に何もする必要ないし、何もしてなくてもそれでいいや、人生こんなものだと思えてくる。

 自分のその考え方だけは好きだし、このままでいたいなーと思う。

 別に生まれたくて生まれたわけじゃないし、生まれたから生きてるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。生きてるから生きてるだけだ。

 しかし、そろそろどこかに出かけたい...。切実に。

 会社行かなくなる前、このままだと来月には死ぬなと思って休職することにして、そのまま辞めた。実際、今でも生きてるし会社行かないという選択をして本当に良かったなと思う。会社辞めたことを後悔した瞬間は一度もないな。今の時勢の前に死んでおけば良かったという気持ちもあるにはあるが、それでも会社は辞めておく方がいい。

 死ぬことしか考えれなかったクソみたいな時期を死なずに乗り越えれたのは、「どうせあと2年以内には絶対に死ぬんだし、今死ぬ理由はないな」、「ほっとけば死ぬし、死ぬという行為を行うのも面倒くさい」という考えに至ったから。

 どうせ死ぬんだしという諦めは「もう死ぬしかない」という狭窄した視界を広げてくれたりする。O年後の誕生日に自殺すると決めてから、その計画を中心に置き、毎日を生きれるようになったというブログを読んだこともある。その人まだ生きてるんかな。

 この考え、結構有効な人もいると思うよ。

 そしてその2年後が近づいてるわけだけど、どうなるんですかね。もっと先送りしてえな。

 生きたくないと死にたいと生まれたくなかったは全部違うんだよな。現時点ではどれも当てはまらないかな。日によって変わるけど...。全部の日もあるし。

 

 そんな感じでまあ生きてきました。これからも生きていきます。そしてそのための金が欲しい。とりあえず今日におめでとう。