多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

アイスが美味しいから食べて今日も生きる

 私も生物である以上、生まれてから死ぬまで一日も避けてはならないことがある。食事だ。

 私というより、人類誕生から永遠と続く課題である。未来永劫、そうだろう。もしかしたら、数千年後には、体内に葉緑体を移植することで、光合成すれば食事が不要になっているかもしれないが。知らんけど。

 食事は楽しいこともある。美味しいものは美味しいし、美味しいもの食べると嬉しいし。

 しかし、毎日、空腹になる度にしなければならないというのはさすがに面倒くさい。

 いや、生命維持に必要だというのは分かる。生命活動をしている以上、仕方がない。でも、面倒なものは面倒である。

 食事は無から生まれるわけではないので、準備する必要がある。金やら手間やらがかかってしまう。外出できない体調、精神の時もそのために外出の義務が発生してしまう。無職だろうが、精神が壊れていようが、例外なく。

 活動を最小限にすれば食事量が減るとも思うが、あまりそう思えない。歩き回ろうが、ぼーっとしえいようが、時間が経つと空腹になってしまう。

 何よりも問題であるのは、空腹だと眠れないということだ。普通なら眠れそうな体の感じでも、空腹だと全然眠れない。仕方ないので、歯も磨いたのに、何かしら食べないといけない。こういう時は自転車で5分くらいの場所に松屋があってよかったな、と思う。お菓子とかだと解消されないので、ご飯類をしっかり取らないといけない。

 こんなことばかり言っているが、史上、人類で食事を最も楽に食べれる国、時代に生きてもいる。ほぼ全ての人類から、あほかと言われそうだ。多くの生命は生命維持に文字通り生命をかけているわけで。いや、でも私もそうだったぞ。生命維持が命がけである。ただ、食事を得る方法が(金さえあれば)人類史上最も楽かもしれない。初めてそんなこと意識したな...。

 なんか否定ばっかりしているが、毎日義務であるということが面倒である。というだけで、料理を作るのが楽しい時もあるし、美味しくて好きなものを食べると幸福である。料理をすると割と精神が良い方向に行くことが多い気もする。まあ、そういう気分の時しか料理しないだけかもしれないが。

 外食も楽しい。会社員だった時の唯一の楽しみは帰りにどこで何を食べるか、ということだった。仕事を終えた解放感に満たされて食べる食事は2割増しくらいで美味しい。まあ、金がかかるのであまりしなくなったが...。

 食べたいものがあるときはそれを食べて、そうでない時はカロリーと栄養を必要分摂取出来る完全食を食べるというようにしたい。

 完全食はいくつかあるけど、どれも高いし、すぐに空腹になりそうだよな...。空腹にはカロリーというよりも量のほうが必要なんだろうか。

 あと、食事はこうすべし、栄養を取るべし、野菜を取るべし、みたいなのも色々ある。どれが正しいのか全く分からないし、これほど状態が多岐で面倒くさいものもないだろう。だから、マルチビタミン・ミネラルを毎日飲んで「これで大丈夫だ」と思っている。思い込みの健康が1日20円で買えるなら安いものである。

 食事って結局はカロリーと栄養素の塊で、摂取方法、素材は何でもいいのだろうか。食事は義務や手段と考えず、機会と考えるか。そんなことも考えるのが面倒くさいので、今日もマルチビタミンを飲んでアイスを食べる。美味い。これでいい。

夜の空を独り占める

 会社を辞めて良かったことの一つが、深夜にいくらでも散歩が出来ることだ。

 会社員だった時は、当然翌日に仕事があるので、土曜くらいしか夜に起きていられない。金曜は疲労困憊で外出する気にはなれない。

 大学生の時は神戸の山に住んでいて、深夜に出歩いたら2日連続で猪と遭遇して以来、夜に不必要に外出しないようになった。

 なので、いくらでも夜に外にいられるようになったのは最近だ。

 家に閉じこもり、精神が崩壊しそうになった時は外に出て、なんとか崩壊をやり過ごさないといけない。外をとにかく歩き回り、負に一直線に向かう精神をごまかさないと。そんな時に外に大量の人間がいる五月蠅い世界だと、イライラが溜まり、もう全てが消えてしまえというもうどうしようもない気持ちになる。周りの騒音で精神が焼き切れる。耳をふさぎ、心を殺し、肉体だけの存在だけになる。

 だから人がいない深夜の世界を散歩するしかない。

 深夜の町はとても静かだ。外に人はほとんどいないし、声もしない。虫の声が静かに響き渡る。暗闇に覆われ、辺りを照らすのは街灯。周りの家の明かりはほとんど消されている。

 そんな世界を歩いていると、もう世界は滅んでしまって、自分だけが生きているように思えてくる。終わった世界。抑圧され、縮こめられていた世界が、広く感じる。私が世界の中心であるような。世界の広さと比例して、心も大きくなる。

 精神は落ち着き、なんとかなるような気持ちになったりならなかったりする。でも、どうしたってマシだ。

 だから深夜の世界が好きだ。誰にも邪魔されない。誰もいない。私だけが存在している。静かで、少し冷たいような空気を吸い込むと、夜の暗闇でも、世界が輝いているように見えてくる。

 空を見上げれば、今日は満月。月が照らされている。月を薄く覆う雲を突き抜けて、私も照らされる。雲が黄金色に暗く輝きながら、ゆっくりと流れていく。私だけがそれを見ている。私だけが色を付けられる。

 こういう景色が見られるから今日も生きているんだよな。そんなことを考えながら今日も夜の空を独り占める。

近況 2020/9/2

 こんにちは。

 毎日暑すぎて本当にやってられないね。夏って、こんなに暑く、こんなにしんどいものだっけ。

 気候が精神に影響するのはそうなんだけど、めちゃめちゃ辛い。暑さでイライラするし、あんまり寝れないから全体的に悪くもなる。エアコンの効いた部屋に閉じこもってると、閉塞感に満ちてくるから散歩でもしようとすると危険を感じる暑さ。深夜しか外に出れる時間がない。やってられないね...。

 春は花粉、夏は暑い、冬は寒いから活動に向いてない。一年のうち秋しか活動できない。日本の四季は素晴らしいとかいうけど。3/4は人間の活動に不適って、ずっと前から言ってるけど、本当だね。まあ、去年の秋は聴覚神経の異常により外出出来なかったから、1年のうち適した時期はもうなかったんだけど。私の精神と体力が人生に向いてなかったんでしょうね。

 

 会社辞めてもうすぐ1年経つ。その前に半年休職してたから、実質1年半だけど。

 何もしないには長いけど、何かするには短いね。

 やりたいことは山のようにあった。というか、今でもいっぱいあるし、積みあがってる。しかし、気持ちの波と体力が追いつかない。気分のいい時は、このゲームやって、アニメ見て、本読んで、旅行にも行って、と山のようにやりたいことが出てきて、楽しい。のだけど、そういう気分は長くはもたなくて、しばらくすると何も出来なくなる。やりたかったことも一切手につかなくなり、ぼーっとしたり、適当にニコ動を見るくらいしかできなくなる。無職で時間は山のようにあるし、やりたいことも結構あるのに、全く活用出来てない。やりたいことが全然進まないの本当にもったいないな、というか、悲しい...。時間を有効に使いたい...。というよりも、やりたいことをやりたい。

 気分のいい時はやりたいことがどんどん増えていくから、何も実行できないまま積み上がっていくんだよな。時間はめちゃめちゃあるのに、時間が全く足りないという訳のわからない状態。そして時間が経つ毎に金は消えていく。

 本当にもったいないな...。せっかく生きてるのに。せっかく?無職なのに。まあ、私はそんなもんだと適当に受け入れて適当に生きていきましょうかね。

 

 あと心配事として、人間と1年以上会話をしていないので、会話能力が自分にまだ備わっているのかが気になる。言語能力も使わないと衰えていくだろう。なので言語能力維持のためにブログの更新は意識的に増やしていきたい。さすがに文章も書けなくなってしまうのは困る。ガンガン何でもいいから書いていく所存。どうせ無職の戯言。戯言でも言葉にしないと、言葉が失われるのは良くない。

 会話は別に不要ならしなくていいし、元々得意とは言えなかったし。必要な時が来たら出来るようになるんですかね。まあ、いいや。

 

 それにしても、それなりの都会に住んでるから、外出すれば大量の人間とすれ違う。多すぎて本当に鬱陶しい程である。なのに何年も一切誰とも会話をしないというのも奇妙な話である。まあ、知らない他人と会話なんてしたくないからそれでいいんだけど。こんなにゴミのような人間に囲まれて生きているのに、完全に一人で生きている。当然といえば当然なんだけど、不思議なものだ。それを望んでいたのでもあるし、それを選択した結果でもあるのだろう。都会の人は冷たいとか言うけど、その無関心さの方が楽だ。私も他人に興味などない。

 田舎のクソ人間関係から離れたくて都会に来たんだし。まあ、この話はまあ追々。

 

 暗いことばっかり書いてるけど、7月に九州旅行したり楽しいこともあった。気が向いたら記事にしよう。

揺蕩いながら

 相変わらず社会はゆらゆらしている。

 元々がジェットコースターに振り回されているような人生だ。だから社会全体がコーヒーカップにかき回されてているのを見ると、社会が私に追いついたと思う。勿論、追いつく暇も無いほどこちらは飛び回っているし、そいつのせいでこちらの加速も増す。迷惑なこった。ただ、元来ベンチで幸せそうにしていた連中が振り払われまいと必死なのは見てて面白い時もある。非常なのは同じだが、相対的には得。大体、こうですから。まあ、ロケットに乗らされて右往左往してる気の毒な人達もいるが...。無事に還ってくるか、さっさと途中で降りるかかな。

 さっさと事態が治まるか、いっそのこと人類滅亡してほしい。私の理想の死に方の一つとして、人類が全員死ぬというのがある。平等って言葉、みんな好きでしょ。

 歴史的瞬間にも立ち会えるわけだし。当事者になるのも好きでしょ。

 何も持たない人間は死が得である。失うものがない。何かを持つ人間は死によりそれを失う。先天的か後天的にか知らんが、失うのは怖い。惜しい。ならば何も持たなければいいのにとも思う。

 得ようとするのも失うのも疲れた。

 死は全てを平等にしてくれる。残るのは生と死があったという事実のみ。所詮は一生物の一個体であるのみ。

 今日も世界は揺れる。私もかき混ぜられる。ぐちゃぐちゃ。

26年生きました。

 今日で26年生きた。まあ、おめでたいことである。

 それにしても結構長く生きたものだな。26年も生きるとは全く思ってなかった。10代の頃、人生に夢も希望も目的も理由も全て失い、それどころか元々無いことに気づき、絶望して死にそうになった。が、まあそんなものは無くてもなんやかんや生きている。それを見つけようとしたり、探すよりも、諦めて開き直って、そんなものない方が楽だ。なくても生きれたわ。

 まあ、死ななければ、生きることが出来た学生の時とは違い、日本で住所を持って生命活動を行うためには金が必要である。生きようと思っても、生命維持が出来なければ死ぬ。まあ、生物なんで当然だ。生きるだけでは生きることが出来ない。

 それにしても25歳は長かった。去年の3月に会社行かなくなって、9月に辞めたんだけど、感覚的には5年くらい無職である。出来ることならそんだけ無職したい。

 1年働いて感覚5年無職なら得な感じだが、働いていた地獄の期間も5年くらいの長さ、辛さだった。もう、5年くらい前の気分だが...。だから、5年働いて5年無職してる感覚だ。それはそれで得か?2年とちょっと前まで大学生だったのが信じられない。

 無職といっても、精神が狂ったり、聴覚に異常が出たり、歯が痛すぎたりと並大抵ではない苦しみを味わっていたんだけど。気楽で自由な生活なら良かった。

 人生、OOしなきゃとかOOであるべしとか色々言われているけど、別に何もする必要ないし、何もしてなくてもそれでいいや、人生こんなものだと思えてくる。

 自分のその考え方だけは好きだし、このままでいたいなーと思う。

 別に生まれたくて生まれたわけじゃないし、生まれたから生きてるだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。生きてるから生きてるだけだ。

 しかし、そろそろどこかに出かけたい...。切実に。

 会社行かなくなる前、このままだと来月には死ぬなと思って休職することにして、そのまま辞めた。実際、今でも生きてるし会社行かないという選択をして本当に良かったなと思う。会社辞めたことを後悔した瞬間は一度もないな。今の時勢の前に死んでおけば良かったという気持ちもあるにはあるが、それでも会社は辞めておく方がいい。

 死ぬことしか考えれなかったクソみたいな時期を死なずに乗り越えれたのは、「どうせあと2年以内には絶対に死ぬんだし、今死ぬ理由はないな」、「ほっとけば死ぬし、死ぬという行為を行うのも面倒くさい」という考えに至ったから。

 どうせ死ぬんだしという諦めは「もう死ぬしかない」という狭窄した視界を広げてくれたりする。O年後の誕生日に自殺すると決めてから、その計画を中心に置き、毎日を生きれるようになったというブログを読んだこともある。その人まだ生きてるんかな。

 この考え、結構有効な人もいると思うよ。

 そしてその2年後が近づいてるわけだけど、どうなるんですかね。もっと先送りしてえな。

 生きたくないと死にたいと生まれたくなかったは全部違うんだよな。現時点ではどれも当てはまらないかな。日によって変わるけど...。全部の日もあるし。

 

 そんな感じでまあ生きてきました。これからも生きていきます。そしてそのための金が欲しい。とりあえず今日におめでとう。

近況など+

 昨日書いた記事がマイナスのことしかなかったので、最近のプラスのこと、良かったことだけの内容も書いておこうかと。

 

 〇2月24日~27日 関東・沼津旅行 

 この時勢前の最後の遠出。伊丹→羽田→東京→岩船→小田原→江の島→鎌倉→藤沢→沼津→平塚→羽田→伊丹という旅程。長くなるし、楽しかったのでそのうち記事にしたい。

 

 〇3月19日AM1時~AM7時 深夜に兵庫県某所から大阪まで自転車で走った。淀川の橋から向かう際の、闇に聳える摩天楼の迫力は悍ましかった。異世界に侵入するようで。自転車で走るのは深夜に限る。

 

 〇ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドは相変わらず面白すぎる。3周目を2月20日から始めたんだけど、まだ終わってない...(英傑の詩の途中)。本当にどんだけボリュームあるんだよ。まあ、精神と体力がクソザコだから一日の活動可能時間が短いからなんだけど。

 他のゲームももっとやりたい...。特にポケモンLet's goピカチュウ発売日に買ったのにまだ殿堂入りしてないんすよね。当時は会社員だったからやる暇なかった。悲しい。

 

 〇ニコニコ(の一部)が盛り上がってる。あかりんご可愛い。ニコニコ見始めたの2012年で、それ以前は知らないから、たべるんごのうたの派生で色々知れるのが面白い。

 まあデレステは半年前にスマホのゲームをスクフェス以外全部消して以来やってないんですけどね。あかりんごガチ勢すごいな...。

 

 〇桜と菜の花が綺麗。去年3月に会社行けなくなって死にかけてたのがマシになったのが、桜をゆっくりと見れたからというのがある。今年はゆっくり見れないし、人も多いけどそれでも桜は奇麗。

 昼見るよりも夜見る方が好き。真っ白で色気、生気が抜かれた白骨みたいだから。珊瑚の死体群のようでもある。美しさとは恐ろしさ。暖かさ、華やかさを表す桜が、夜には凍り付いた世界に迷い込んだように見えるのがいいですね。

 

 〇4月1日 映画SHIROBAKOを見に行った。社会情勢的に行かずにいたけど、収まる気配ないし、上映開始から1か月経ってるし、行かないと後悔しそうだなと思って。

 西宮ガーデンズまで行ったんだけど、こんなオシャレな所があるのか...と驚嘆した。無職には場違いすぎる。西宮、芦屋セレブ御用達なのかと思ったけど朝9時過ぎにいたのは暇そうな普通のオッサンオバサンだった。まあそうか...。

 9時50分の回で見たんだけど...150人くらいの部屋に一人で貸し切りでした...。ええ...。びっくりした。まあめちゃめちゃラッキーだから嬉しいけど。2時間の間感染する可能性がゼロですね。

 で、内容は。本当に良かった...。終始泣いてた。これが俺の見たかった「SHIROBAKO」だった。みゃーもりがカレー食べながら泣いてるシーンで泣かないわけないでしょ。

 諦めた、終わりかけの人間に、否、生きる全人類に元気と勇気をくれる作品。何度でも見たい。本当にアニメスタッフありがとう。

 本当に見て良かった。

 

 〇アニメ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」めちゃめちゃ面白かった。

 大好き。最近のアニメで飛びぬけて面白い。大学の卒論でアイドルについて書いてるので、それもめちゃめちゃ語りたいことがあるのでいつか別記事で。

 

 こんな感じです。終わりかけのdaysだけどいい日もなくはないんだよな。

 あと、昨日歯医者行ったお陰で歯の痛みがマシになってきた。助かった。

近況など

 最近はストレスが溜まりまくって仕方がない。

 無意識で強く噛みしめているようで歯が痛すぎる。寝れないし、ただアニメを見ているだけでも痛い。さすがに我慢出来なくなってきたので、行きたくないけど歯医者に行ってきた。まあ、原因はそれで、加えて知覚過敏だと。

 聴覚過敏、視覚過敏(これは軽度だけど)の私にまた肩書きが増えてしまった。そうですか、という感じだ。

 歯医者に行っても特に対処法はないのね...。マウスピースの型取りして、「日中は口開けて過ごしてください」と言われて終わった。出来たら苦労しないのですが...。

 会社行かなくなった時も歯がボロボロになって7万円と多くの時間と色々なメンタルを失ったし、精神の不調は歯に一番現れるらしい。ほんとやだ。

 

 3月の初めには、無職一人暮らしほぼ引きこもりの私には感染症など関係ないなと思ってたけど、社会情勢のせいで影響がめちゃめちゃあった。

 昼過ぎに起きて適当に人の少ない公園を散歩してゲームして夜遅くの人が少ない時間のスーパーで買い物して飯食って寝るみたいな典型的無職生活だった。のだが、学校休み、会社とか店も休みになったせいで同じような生活の人が増えた。そのせいで公園は人だらけ。子供の大きな声は命の危険を感じるほど危険物なのに、急に現れて生命を脅かしてきた。ほんと辞めてほしい。スーパーも夜の営業がなくなったので、クッソ混む昼に行くしかない。しかも子供連れが多い。殺しに来てるんですかね。あと夫婦と子供で来てる奴はなんなんだよ。ウイルス感染したい/させたいんですかね。

 どうしようもない日は、昔外に出られなかったときに利用してたヨシケイの宅配を利用してる。でも、冷凍弁当を別に食べたくないんすよ。

 あと、住んでるアパートの周りの物音が酷くなった。会社休みなんか知らんけど。そいつらに罪はないとは言え、聴覚過敏には本当につらい。もっと静かに生活してほしい。外にも家の中にも静かな安地はない。

 政治やらについて、この国の政治は終わっていると分かってから新聞もニュースも見なくなったんだけど、一応知っておかないとという感じで見てしまう。が、当然クソがクソを曝しているだけ。それにどうこう言っても意味はないけど、怒っている人の声とかも見えて、それの強さにどんどん消耗していく。怒りの近くになんて寄りたくないんだけど、今日本中が怒ってるようなものだ。本当に疲れる。

 もともと終わってる政治の話なんて本当にしたくない。これは私のブログなんだから私以外の話なんて一切書きたくないんですよ。ただ一言だけ。

 兵庫県はクソ。

 

 それでもこんな終わってる国で、命を懸けて感染症と闘っている、飲み会にいく時間もない、若い医療関係者がいるということを思うと涙が出そうになる。なんでこんな国に、時代に生まれたんだろうな。

 

 感染症が5月上旬に終わる可能性なんてあるのかと考えた。ウイルスが超強力化し、即死性を持つようになり、感染した人は2分で死ぬようになる。そうすれば「感染者」はいなくなる。というのが現実的かな。

 そうでないならこのストレスはいつまで続くのか。ああ、旅行に行きたい。少し前まで、金があれば鳥取の温泉で1か月くらい過ごしたいと思ってたけど、それも無理になった。もともと金がないから行けないけど...。

 

 無職の私がこれほどイライラしてるんだから、働いたり政府に振り回されている人達の影響はどれほどのものなんでしょうね。怒りを私まで伝えないで下さい。

 

 貯金が尽きるまで、あと少しは生きようと思います。みなさんも、お元気で。もしくはさっさと死にましょう。