多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

時の流れは不思議だね

 別に生きたいと思ってなくても、生活というものはルーティン化されており、起きて飯食って歯磨いて風呂入って寝るというのを日々、している。

 無意識というのは正しいのか。全てしようと思ってしているのではあるが、別にしようとしてしているのではない。完全に「そうなっているから、そうしている」という機械的行動と言える。

 人生に何の興味がなくても、人生、生存行動を行っている。不思議なものだ。「わざわざ」、生命維持活動を行っているわけだ。放っておけば死ぬのに。何の意味も目的もない人生を持続させる理由は何だ。意味は何だ。それすらもない。

 単純に死を恐れる生命としての本能かもしれない。死を望みつつも、死を恐怖し回避する。そのための行動を取らせている。そういう意味で「ただの生物」にすぎないのだろう。

 自死を実行できるって、とてつもない勇気だ。生き残ってるのは全員臆病者である。そういう遺伝子が引き継がれているため、普通なのかもしれないが。

 何もせずとも時間は経つ。時は移ろう。季節も変わる。時間は全ての生物に平等なのだろうか。眠りが少なくても平気な人は有利だ、と思っているが、まあそんな気にすることでもないかもしれない。

 そもそも時間の有無ではなく、時間を、人生をどう捉えるかだ。長くても永遠の苦しみかもしれないし、短くとも充実し溌剌とした刹那かもしれない。

 まあ、人生こんなものだと思いつつ、とぼとぼとやっていくしかない。まあ、何とかなるかもしれない。何ともならなかったら、そういう生命で、運命だ。

 今日も一日が終わる。まあ、そこそこいい日だったよ。