多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

寿命を知りたい

 何で自分がいつまで生きるか、いつ死ぬかということが分からないのだろう。

 平均寿命は算出されているけれども、全くあてにならない。自分がいつ死ぬのか、明日か、来年か、何年後か、教えてほしい。いや、まあ分かるわけなんだけれども、そうしないと人生、何も出来ないし考えられなくないか。

 仕事辞める前はやりたいことが無限にあった。疲れ切った後の土日たった2日ではやれることも限りがあり、やりたいことをやる前に、やりたいことがどんどん増えていった。

 仕事辞めた今、時間は余るほどある。が、やりたかったことのほとんどをしていない。仕事してた時の方が土日を有効活用できていた。

 時間が有り余り「いつでも出来る」ようになると、別に今じゃなくていいか、と先伸ばしする。逆に時間がなく「今しか出来ない」となると、すぐにやる。

 今動きたくないのは精神的なものもあるかもしれないけど。永遠のように感じられると何でも退屈に思えてくる。限りがあるものに対しては目の前に対して全力で感じることが出来る。美味しい料理とかも毎日食べてると飽きるだろう。今しか食べることが出来ないからあんなにも美味しいのだ。

 だから人生も似たようなものだろう。有限ではあるけどさ、それを実感できない。いつ死ぬのか分からない。だからこの日々が永遠に続くようにも感じられる。

 逆に寿命が分かれば、死ぬまでにいくら必要か、何をいつしておきたいか、ということが計算出来、死ぬまでにやりたいことを次々と行うだろう(めんどくさくなってしないかもしれないけど)。

 だから自分の寿命が明日か1年後か3年後か分からないけど、分からないから死ぬまでにやりたいことをやろうと思えない。死ぬまでにやっておくだろうと、先送りしてしまう。

 明日死ぬかもしれないということは考えてはいる。しかし、本気で実感は出来ていない。死ぬ時がイメージ出来ない。生がなくなる瞬間が分からない。

 未来を想像できないから半年後さえも遥か彼方の先のことに感じられる。だから半年は生きれるかなと適当な楽観をしているため、自分の寿命が無限のようにも感じられてしまう。だから何もやる気が起こらない。ダラダラと日々を過ごしてしまう。

 無限の如き日々はつまらない。限りあるものだから、少しは良く感じられるのだろう。旅行とか、短い期間だし、未知の場所だから楽しいのだ。

 まあ、医者にしばらく休めと言われているから、正しいっちゃ正しいんだけど。

 あんなに色々やりたいことがあると考えていた、会社に行ってた時の自分に悪いような気がしてさ。今のために(?)働いてたのに。

 そもそも25年生きているのが奇跡みたいなものだ。本当によく生きてるなと思う。今生きてることがボーナスステージみたいなものだから、生きてること自体をあまり実感できてないんだよな。本当に生きてるのかな?

 人生悔いと恨みと黒歴史とかないけれど。まあ、そんなもんか。