多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

新卒で入った会社11ヶ月で辞める

  まだ会社辞めてないけど、辞めると言ったし、色々書いていこうかな。

 そもそも、就職なんて全くしたくなかったんすよね。大学2年か3年くらいの時期。当時は起業して自分で稼ぐ気だったし、そのための勉強とか調べ物をしてた。

 で、4年になる前に出た結論。

 「起業は無理だ。向いてない。会社員にでもなったほうが楽に生きれるな」

 ということで、就活を始めた。が、結果は芳しくない。

 さも当然。就職なんてしたくないし、したくないもののためにする活動ができるわけがない。

「働かずにのんびり生きたい」と思っていたのに、その可能性を自ら消す、自らを否定する愚行、どうすればそれが行えようか。

 そもそも面接で何も話せない。初対面の数人を前に自分のことなんて話したくないわな。いい感じのことを書いて話そうとしても、言葉に詰まる。何故か何も言えない。

 地獄の時間としかいいようがなかった。

 そんなこんなで悉く入社を拒否され、卒論も放置していたら間に合いそうになくなり、あっさりと留年した。

 で、大学5年目になり、普通に就活した。もちろん、多くの人は苦労せずにしているであろうこと、という意味で普通。私は心も体も擦り減らしながら、壊しながら、失いながらそれを行った。就活当時のブログは吐き気がするほど気持ち悪い。まあ実際、吐きながら吐いてたのだから仕方がない。

 まあ、そんなこんなで1つの会社と入社の契約を交わすことになった。

 そこからしか契約可の連絡が来なかったのだから仕方がない。

 私はその瞬間、未来の可能性を一本道へと閉ざしたのだった。何でも可能な未来から、暗く細い1本道へ。いや、未来の可能性なんてそもそもなかったのかもしれない。目の前は広い空のように見えるが、それに届くはずなく底へと落ちているだけ。天から地獄へと垂れ下がる一本の糸、あれにしがみつくように言い渡されただけ。上ることは叶わない。選ばれた者はすでに空にいるのだから。雲の上にすでに上っており、蜘蛛を上ることはない。地獄の火に焼き尽くされるまで、しがみつくだけのチキンレース。それの仲間入りだった。いや、いつからそうだったのか。

 そして会社での勤務が始まったのだが、地獄の如く苦しさだった。当然のように労働基準法違反、残業代不払い、無駄な居残り、新人教育とかいう建前の放置、なのに課題の発表強制、無理な仕事の割り振り、新人歓迎会での一発芸強制(当時の書きかけの記事と、いまだに恨みが残っているので、そのうち完成させてブログに上げる)、災害で消される有給(そもそも半年間なかった)、クッソ悪い空気、無給で社内掃除、飲み会参加強制、幹事も強制、そのための打ち合わせも無給で強制参加、等思い出せば恨みが止まらないようなクソクソクソ会社だった。

 さらにクソだったのは、会社の空気が悪すぎて風邪ひきまくったり、ストレス軽減のために飴をなめまくってたら、銀歯が6本増えたことだ。今まで1本しかなかったのに。

 貴重な休みは歯の痛みと歯医者通院でさらにストレスがたまる(しかも金も消えていく)という、最悪な日々であった。

 そうやって心と体と歯を擦り減らしながら、壊しながら、失いながら、地獄へ行き続けていた。

 何が嫌かって、会社も会社の人間も会社の仕事も嫌いで嫌いで仕方がないのに、自分がそこに行って仕事をしているという事実。自分も大嫌いになるのは当然である。

 そこまでして会社に行っても、得られるものは「クソみたいな会社でクソみたいな奴に囲まれながらクソみたいな仕事をしている」人生であることに絶望した。

 私は何のために生きているんだ?こんなに無理をして、待っているのはクソ人生なのか。「クソみたいな会社でクソみたいな奴に囲まれながらクソみたいな仕事をしている」人生なのか。そう思い、会社を辞めることを考え始めた。否、絶対に辞めてやる、と。

 そんなことを考えつつ死んだ顔で出社していたが、色々限界が来るようになって、労働は1日8時間が限界になった。いや、それでも限界をとうに越して、無理して、無理して、無理してやっていたのだが、ある日、こんなことがあった。

 上司にあたる人間「このツール、O日で使えるようになって」

 (数日たって)「いや、これ無理ですね。あとO日ください」

 「え?じゃあ、今日から毎日O時間以上残業して」

 その瞬間、全てが崩壊した。朝一に言われたと思うのだが、午前中の記憶はない。

 午後から、1年先に入社した人間と面談があったので、そこで会社明日から来ません、無理です。ということを言った。そしたら、休職したいのか? そしたらかくかくしかじかの手続きをして、その間の金はこうでーみたいな話をしてきた。そこで、こいつ休職についてやたら詳しくないか? と思ったら、その人間も入社1年目で休職してたということなので、この会社終わってんじゃねーか、と思い、そこで全ての思考を放棄し、休むことにした。2019年2月末の話だ。

 そして病院に行き、精神系の病だと診断され、診断書書いてもらって無事に休職。めでたしめでたし。

 そこからはひたすら死と戦う日々だった。死ぬことと自分はクソだということしか考えられないし、本も読めないし、新聞なんて読もうものなら吐き気がしてくる。それどころか、他人がそばにいるだけで吐き気がする。

 前からそうと言えばそうだったけど。大学の授業で、後ろの席に人間に座られると

気持ち悪くて吐き気がした。授業の前なら移動すればいいが、授業始まってから後ろに座るやつ、殺意が沸いた。

 会社でも近くに多数の人間がいるというのが耐え難かった。八方をふさがれるとか拷問に近い。前の席の人間とPCごしに目が合うのも最悪だった。

 そんな感じで人の気配を感じたくないので引きこもった。

 自己否定をし続ける苦しみの日々だったが、あることで少し楽になる。

 「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」を買ったことだ。

 あまりに面白かった。あまりに面白かったので、また記事書きたいと思う。

 とにかく面白いので、少しでも時間があるという人間は今すぐ買ってほしい。というか、時間をつくれ。

 そんな感じで、以前の人間としての感覚を徐々に取り戻し始めてはいる。思考が自由になってきた。ああ、人間の考えは自由なものだったんだ、と心も空も晴れてきている。くすんだ、荒んだ、濁った、潰れた、凹んだ、折られた、ドロドロになった、壊れた、擦り減った、心と体が浄化されていく。人間の感覚を取り戻していく。

 「ああ、人間って、こんな感じだったんだ」

 勿論、地獄の底に突き落とされる日もあるので、ジェットコースターみたいな日々だ。苦しみと苦しみと苦しみと苦しみと苦しみの間に楽しみが見えないこともない。まあ、7年くらいそんな感じである。

 今でも思い出せる。高校の帰りに琵琶湖のほとりのベンチに寝転がって空を見ていたら、急に琵琶湖の奥深くに引き釣り込まれるような感覚になったのを。これもまた書こうと思うけど、酷い話である。

 もう少しは生きれそうかなと思うようにはなったが、働ける気は一切ない。

 「もう少し生きてもいいかなと考えられるようになる」と「死ぬまで働き続ける」がニアリーイコールで語られるの、ありなくないだろうか。100万光年くらい距離があると思うのだが。

 ということで会社には辞めることを伝えた。休職期間が終わったら、そもそも退職させられるのだが。

 なのでもう少しで、会社を辞める。11か月しか働いてないけど。休職期間があるから、在職期間は1年を超すけど、働いたのは実際11か月である。

 まあ、こんなもんだろうと思う。会社と契約した日から、「短くて半日、長くて3年かな」と思ってたし。

 しかし、「働いたら負け」という言葉の重みを感じる。ネタでも何でもない。事実だ。至言だ。身に染みた。格言にしよう。