多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

2019/07/18

 この記事は個人的な記録である。文章もわりと雑。いつもか。

 2019年7月18日、その日に起こったことをどう知ったのか、あまり覚えていない。おそらく情報源はTwitter。断片的な情報を辿るうちに、本気でヤバイ内容だと分かり、ネットはもう見ないようにした。本当に正解である。

 生物は死ぬものである。故に人や動物が死のうと悲しむのは筋違いである。生物としての基本さえも知らないのか。等と思っていたので、まさか知りもしない他人の死でここまでの精神的ショックを受けるとは思っていなかった。

 ただの他人の死に何かを思うことは少ない。事故死、殺人の被害による死等の場合、「自分で死に方を選ぶことが出来なかった」ことに対して同情をする程度だ。死くらいは自分で選びたいわな。

 なのに、「自分が好きなアニメを作った人たち、その会社で働いている人たち」の不本意な死には悲しくて仕方がなかった。全く知らなくても、その属性が付与されることで、どういう人かの想像がしやすくなり、そんな人たちが死ぬことになったことに、言葉では説明できない悲しみを覚えた。

 自然死、災害による死、相応の行いを行ったことによる死なら仕方ないが、その属性を持っていたことで、理不尽に他者の手で死ぬことになったというのは酷過ぎる。

 犯人への批判、分析が目的ではないので多くは言わないが、これは酷い。

 これまでの事実だけで数日間、悲しみと苦しみに襲われ動けなかったわけだ。風邪もひいてしまい、本当に最悪の気分と体調だった。

 そして、問題はインターネットである。危険予知により見なくなったのは正解であろう。罵詈雑言、地獄絵図になっていたことは見なくてもわかる。ただでさえ一触即発、炎上とか日常茶飯事のアニメ好きのインターネットに舞い降りた大炎上案件ですよ。何もかもが起こったんでしょうね。アニメ見ない人とかも関わってきて、変な対立とか晒上げとか、まあ、あらゆることがあったんでしょう。これに絡めて自己陶酔とか、なんかもあったんでしょう。

 悲しい事件に対してインターネットで何も言いたいことなんてなかったから、何も見なかったし、何も言わなかった。大正解だった。言えることなんてあるわけがない。

 だからこの記事も主張なんてないですよ。記録です。そもそも誰も見てないし。

 だから今も言いたいことなんて何もないんですよ。

 少し精神が落ち着いてきて、風邪も治りかけて、今日はゲームが楽しかった。こうして日常に少しづつ近づいていく、悲しみは薄れていく、それだけですよ。