多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

世界が世界だから世界を世界と呼びました

 シュミレーション仮説というものがある。詳しくは自分で調べてほしいのだが、私なりに話す。

 我々はシュミレーションの中に生きているのではないか。生物として知能を持った人間ではなく、知能そのもの、コンピュータシュミレーションの中の存在である。

 培養液に脳が入り、電極で信号を送られているという想像が近い。まあ、脳が存在している可能性の方が低いだろう。

 電子上の人工知能、個体としての存在はあるのかすら分からない。

 今、アニメやってるソードアート・オンラインのアリシゼーション編が近い。

 まず人工知能を人間が育て、その後どう成長するかシュミレーションし、優秀な個体を軍隊化する、、、おお、すごい話だ。

 仮説について、私としてはそうだったら面白いし、気楽に生きられるなという感じで、信じてもいいし、信じなくてもよいという考え。自分がどういう存在かなど、シュミレーションである存在には認識出来ないだろう。本当かどうか、確かめようがないし、分かったからと言って、この知能を埋め込むハコがあるのかという話だ。

 ゲーム世界の住民がそれがゲームだと気付かないのと同じ話。今いる世界がリアルだと思うのは当然だろう。

 ただ、そういう風に現実が現実ではなかったり、別の世界が広がっていたり、自分がシュミレーションのコマだとか想像するとなかなか楽しい。私は試されている存在なのか。

 現実はクソでクソで仕方ないが、そもそも現実ではないのかもしれない。すでに私は死んでいて、何らかの形で意識体?がこのバーチャル世界に残されていて、生きていると勘違いしているのかもしれない。

 現実逃避というが、現実が逃避したのかもしれない。

 視野は狭くなるほど思考を歪めさせ、苦しみを与える。なら、視野を最大限に広げよう。この世界の外へ。解放した方が面白い。

 日々も苦しみも与えられたもの。周りの全て、仕向けられたもの。ああ、意地の悪いシュミレーションだ。

 疑問なことがあり、寝る時に見る夢は、何故知らないこと、体験していないことを行えるのか、認識できるのか、と思うのだ。夢もシュミレーションにより見せられているものだとすれば、知らないことを知れるのは当然。それも与えられたものだから。

  この存在を作ったもの、つまりプログラム設定者が神とか呼ばれているのかもしれないね。

 なら宗教は皮肉なものになる。創造者である自分を崇めさせているのだから。

 この世界は、偽物。私は、偽物。あなたも?