多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

one for death all for death

 この世に平等何てない。

富む者が富み、それは子へと受け継がれていく。

貧しきものは一生、搾取されていき受け継ぐ存在も得られないことが高い。

階級を生まれたときから超える可能性があるのは、階級がそれなりに高いもののみ。有閑階級による椅子取りゲームのようなもの。

現代でも封建制度が残っていることは、階級が上の人間しか気付かない。

 

自分に確かなものを感じられない自分は他人と比較して自分を知るしかない。

そうして一喜一憂する。なんと愚かで面倒くさい。私だって止めたいが、不安定なのだ。隣の倒れかけの塔を除いて安心するしかない。

安定。安心。出来ることなら欲しいものだ。まあ、5年くらい前から無理だと分かっているし、不安定なジェットコースターが私には合っているらしい(実物は全く乗れないが)。

そんな現代でも、平等なことが一つある。

全ての人間は死ぬ。

そして、人間が明日可能性はほぼ変わらないということだ。

事故、他殺、転落、災害、、、リスクはそう変わらないだろう。ほぼ平等。

死ねば何も残らない。死だけは平等に訪れる。

どんな栄誉を築き、名声を得たとしても、死すれば全て塵と消える。

死後、どんな声も聞こえないし、どんな施しも感じられない。

死の世界へ、一糸纏わずに行くわけだ(死後の世界を信じているわけではないよ)

生物にとって、いつ死ぬか分からないことは不幸と前に書いたが、それが全ての生物に平等であるということは、幸せなのかもしれない。

あいつも、あの人も、お前も、私も、きっと明日死ぬ。

死ぬ時は、みんな同じ。死ねば、みんな同じ。

そう思うと心が軽くなるのだ。