多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

揺蕩う、たゆたゆ

 少し前まで、20歳にもなって生きてるような奴は全員馬鹿。これで大学生とかだったら、勉強なんてしてもないカス共だ。

と、思ってた。

 そう分かっていても、臆病故に死ぬことも出来ない世界一の大馬鹿者だと自分を蔑んで。

 生きてる(生き延びてる、生き永らえている)大人は馬鹿か臆病者しかいない、生きる価値もないクソみたいな世界だ。

 そんな世界、見放してさっさと死んだ奴は正解だ。生きてる愚か者をどこかで嘲笑っているだろう、と。

 

 今でもそう思わないこともない。

 が、今はこうだ。「人に依る」

 最近は色々考えるのもめんどうくさくなっているし、言い切るのをなんか避けている。

 「決めつけ」とか「穿った見方」、「ステレオタイプ」とかいうのが悪だ、そんなことはないなあ、と思い始め、そういう言論を気にせず、自分ではしないようにしている。

 「人は人」「自分以外、全員違う」と思い、それは全人類に当てはまることだ。

 実際、そう括られたり決めつけられるのが嫌いになった。故にしないようにしたい。

 この世の正義とか考えは全て「人に依る」。

 さらに、「時と場合にも依る」。

 だから正しいことも間違っていることも考えも、人、時、場合、様々な要素によって変わるものである。

 だから、冒頭のことも、生きるか否かということも「まあ、いろんなものに依る」

 嫌いなものは嫌いでいいんだけど、何か考えが色々曖昧になってきたのかな、と。柔軟ならかっこいいかもしれないが、そうでもない。適当だな、と。

 色々なものを適当に濁しつつ、ふらふらと生きていきたいなあと、今はそう思う。