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多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

牛丼の安さの衝撃とカラクリ

 安い・うまい・速いは伊達じゃなかった

 

 今日、初めて松屋に行ってきた。松屋とは、言うまでもないと思うが、牛丼チェーンのことである。牛めし並、なんと味噌汁がついて290円。衝撃の値段だった。外食は高くつく、と思っていたが、その観念をふっとばされた。

 食券を買い、席に着く。すぐにお茶が置かれる。おお、あったかい。そして間もなく牛めしが到着。結構な量があるし、きちんと肉も入っている。これが290円!?本当にびっくりした。

 そして、ご飯と一緒に肉を一口。まあまあ美味しい。お腹も減っていたので、パクパクと食べ進め、汁も飲み干して完食。並で十分の量があった。いやあ、すっごく得した気分。上機嫌で店を後にする。

 なんて安さだ。そして無駄のないシステム。食事というものを極限まで便利化した姿がそこにはあった。一言も発さなくとも、飯が置かれ、ただ食べる。機械化された、というと少し恐ろしい気分になるが、非常にシステマティックな食事であった。

 なぜ、この値段でこのクオリティーの食事、サービスを提供できるのか。人件費の削減、素材の安さのカラクリ、など様々なものだあるのだろう。食品チェーンのブラック企業さや、食品を巡る事件などは後を絶たない。安さ、便利さを求めすぎると何か、どこかに支障が出、無理をしている人が現れるのだろう。

 便利は求めすぎてはいけない、と常日頃から思っていることだ。もっと、大らかな社会であってほしい。

 牛丼、素晴らしい食事であった。たまに、食べるとしよう。