多岐亡羊

社会を漂いもがいて何とか生き長らえる子羊です。

就活の合同説明会に行く意味

 去年行った時より5倍は面白かった。嫌々行くのは無意味、意欲的に行けば成果は出るな。

 

 就職の合同説明会に昨日、今日と行ってきました。そのメモと活用方法と今後の方針を自分なりにまとめておきます。

 

 今回の目標

 1、雰囲気のつかむ。企業、周りの学生含め。

 2、受ける会社を探す

 3、会社の人と話す練習

 

 今回の成果

 1、合説は意外と楽しかった。目的を明確にした上で、それをこなししつつ、企業の話を聞いたりするのは面白かった。よく分からん会社も回ると、会社って本当に色んなことしていて千差万別、もっと多くのものを見ないとなあ、という気になる。回る会社は他の学生がいない、もしくは一人しかいない、とこが絶対にいい。会社の人と一対一で話すと、自分のために話してくれているなあ、という気になり、内容もすっと入ってくるし、質問もすぐに答えてくれる。目標3の話す練習にもつながった。合説だからだろうけど、どこの企業も話しやすい人だったのでとても良かった。受けてみたいなあ、と思えることも多くなったし。

 多様な会社を回ったことで、様々な業界の情報も知ることが出来た。業界解説をしてくれる会社を回ると、それも知れてお得。かなり勉強になった。

2、2日間で10000円分の金券が貰えた。どうなってんだ、この世界。

 

 今後に向けて

 合説、行き過ぎると無限に受ける企業が出てきてしまうので行くものは絞る。行くのは楽しいけど、相応に疲れるし今度の負担を大きくし過ぎるのは良くない。きっちりと厳選する。

 会社の人ときちんと話せる練習にはなった。スムーズに話すためには関心、知識、経験、慣れ、が重要だ。受ける会社、業界の基礎知識はしっかり勉強しておかないと、上手く会話するのは厳しくなるなあ、と強く思った。知識、教養が無いと関心はあっても、質問をしたり会話を繋げることが難しい。研究しよう。

 

 2日間のメモはこんな感じ。結構上手くいきそうじゃないか?頑張ろう。

寒さと人類の戦い

  何でこんな寒いのに活動してるんだ?

 

 今年の冬は寒すぎた。そして、ふと思った。寒さに衣服を着ることで何とか凌ごうとしているが、実際出来ていない人間って、生物として欠陥すぎないか?猿より退化してるんじゃないか?と。

 生物にとって、冬は生命の危機である。体温は下がり、食糧も取れない。そのための活動能力も低下する。寒さの対策のため、様々な適応、進化をしてきた。毛を多くし、冬眠をして冬に活動しなくていいようにする、等。

 それが、人間はどうだ。体に毛はほとんど生えておらず、年中量は変わらない。衣服を着ることで気温の変化に対応している。素のままでは冬など毛頭越せていない。確かに、人類の凄まじい技術で冬を越えようとしているのだが、どれだけ服を着ても寒い。なのに、外に出なければならない。それって、どうなのか。

 冬に寒さに凍えながら異常な量の衣服を着て外で活動しなければならないって、生物として間違っている気がする。

 積雪で電車が止まり、会社に行けないのに駅には行列ができ、何時間も復旧を待つ様子がニュースで流れていたが、頭おかしいんじゃないかと思う。そんな寒いところで待ってても、体力消耗するだけだし、インフラ整備以外の仕事の人は家で体力温存しておけばいいのに。

 冬を衣服や暖房器具に頼らないと全く越せそうもない生物って、はっきり言ってアホなんじゃないかと思う。毛がフサフサの猿が温泉につかっている様子をテレビで見たが、先祖にとっても越冬は厳しいようだ。しかし、その先祖に比べ毛を減らし、暖房器具や大量の衣服といった、科学技術の恩恵を授からないと一日も冬を過ごせそうにない人間が、その様子をまったりとテレビで見ている様子には笑えてくる。お前ら、猿よりも退化してないか?と。

 人間が進化している、というのなら冬に活動しなくてもいい方法を考えてくれ。

ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive 〜Step! ZERO to ONE〜 ライブビューイング感想

 最高って、あの事を言うんですね。

 

 行ってきました!ラブライブ!サンシャイン!! Aqours First LoveLive 〜Step! ZERO to ONE〜 一日目、ライブビューイングに!!

 本当に、本当に、本当に、最高やった!!楽しくて、楽し過ぎて、嬉しくて、感動して、笑顔が爆発して、泣けて、とてつもなく最高のライブでした。

 ミューズのライブDVDは持ってるんですが、ライブ、ライブビューイングは行ったことなく、初めてだったんですが、会場に見に行くって、本当に楽しいんですね!!

 感情が楽しいで埋め尽くされるって、人生全て楽しくて、人生の中で最高だ、と本気で思えるほどに素敵なことでした。

 一曲目の青ジャンがかかった時は何が起きたのか良く分からず、す、、、すごい、、、みたいな感じで呆気に取られてたのですが、コールしていくうちに、一気にのめりこみ、楽しさが最高潮、笑顔に飲み込まれていきました。

 それからはもう一生懸命コールして、超笑顔で楽しみ、人生で最高に楽しいと思えました。

 Aqoursの曲はどれも好きなものばかりで、めちゃくちゃ盛り上がりましたし。

 一曲づつ、一人づつ最高だったところを書いていきたいと思いますが、また後日に。

 本当に素晴らしいライブでした。Aqours最高!続く!

 

ポケモンも人生もクソゲー

 ポケモンは最高のゲームです。だがしかし。

 

 ポケモンのレート戦で酷い負け方をしました。ほぼ勝ち確定の状態からスカーフドリュウズの角ドリルが2連続で当たり、残りの1体では相手の残り1体を倒すことが出来ず、負けました。

 かなりキレました。

 選出も完全に有利で、試合運びも丁寧にし、ドリュウズが出てきて「勝ったな」と思った瞬間からの大敗北です。悔しい。というか、ありえない、ふざけんな、という不条理に対する怒りが湧いてきました。前に、強い怒りは鬱に対して効果的とか書きましたが、まあその通りなんですが、体に普通によくないです。怒りはしんどい。当然ながら、楽しくない。

 その時思ったんです。結局運かよ。クソが。、、、ん?なんか人生みたいだな、と。

 

 人生も、どれだけ頑張っても、どれだけ手を尽くしても、不意の事で全てが終わる、なくなる、下手したら死んでしまうこともある。そう思うと人生も、人生こそ最大のクソゲーだな、と。勿論、とんでもないいいことが棚からぼたもちの様に起こるかもしれない。しかし、不幸や死の可能性のほうが高いのではないか。

 というよりも、ポケモンをやってて思ったのが、運勝ちよりも運負けの方が感情が大きく揺さぶられること。運勝ちだと「お、ラッキー」「やった!でも、相手にちょっと悪いな」くらい、感情はそこまで動かない。しかし、運負けだと「ふざけんな!!」「おい、相手!本当なら俺だ勝ってたやろ!いい気になんな!」等、かなりキレて、感情を振り回されまくります。単に僕がキレやすいのかもしれませんが、このことから鑑みるに、運勝ち、運で自分のモノではないものが手に入ったこと、にはそんなに執着がないからか、喜びもそこまで大きくはなく申し訳なささえ感じてしまう。だが、運負け、運で自分のモノを奪われてしまったり失ってしまうこと、には執着が強い。その執着の分、不条理を感じ、感情が高ぶり、憤りを感じる。

 つまり、予想外の幸はあくまで自分で手に入れたものではないため、幸と感じづらいが、予想外の不幸は自分の努力を嘲笑うかのように訪れるので、ショックが大きなものになる。

 生きている以上、想定外の不幸は避けられない。そう割り切らなないと、それに振り回され続けることになる。それを避けるには、感情と執着の分散、そしてある程度の諦めを持つことだろう。喜びは凝縮し、悲しみは分散する、それが人生を楽しむコツだ。今度また書くが、楽しみが爆発しそうな瞬間は瞬きも出来ない、楽しさしか考えられなくなり、人生が最高で埋め尽くされる。それを楽しみ、苦しみは逆に支配されないように、客観視し、別の事を楽しめるようにしたい。

 と言っても、注意していようが、全てを失う災害や死はどうしようもなく訪れる。影の様に一生付きまとう。

 ああ、やはり人生は人類史上最大のクソゲーであろう。

自分に自信を持つ方法

 人生において、何をしたら上手くいきそうか、一つの答えが見つかった。

 自分に自信を持ち、堂々とすること、これである。

 

 自分に自信がつくと、何をしていても自分は大丈夫だ、と思え卑屈にならずに済み、その堂々とした自信が顔にも表れ、いい感じに見えるはずだ。面接でも、堂々として話す、それだけで上手くいくんじゃないか?と思うくらいに。

 そして、自分を肯定できると他人のことが気にならなくなる。他人が何をしていようと何を言って来ようと、自分は自分、と成すことに集中できるし、他人に余計なことを言わずに済むようになる。そして、自分は自分、他人は他人、と皆を尊重できると、人付き合いも格段に上手くいくと思う。自分も他人も肯定すると上手い距離感を保て、過干渉することなく、適度な付き合いができるだろう。

 自分に自信を持つ。そのためにどうすればいいか。続きはまたにしよう。ああ、なんか人生上手くいきそうで楽しみだ。

ブログの独自性とは

 この、私が書いているブログに果たして独自性はあるのか、と思ってしまった。

 私が思うことは大抵、何かの文章を読んだり、話を聞いたり、体験してそこから考えを膨らませたことである。しかし、前2つはそもそも、誰かが先に考えたこと、感じたことが元であり、私の考えはあくまで付属、誰かの意見の付け足しにすぎず、私独自のものではないのではないか、と考える。

 今までに何億人、という人が生きていて、今も日本に1億人以上の人が生きており、みな様々なことを考え、発信している。勿論、私と似た考えで、さらに発展した内容の人もいるだろう。

 そうした場合、私だけの考えというものは存在しないのではないか。誰かがすでに考えたことを読んでなぞっているだけ、しかも何段階も遅れている状態かもしれない。

 そうすると、このブログの内容も既に誰かが書いたことであり、このブログに意味なんてないのかもしれない。

 そんなことを思ったが、そもそも私だけの考え、そんなものはないだろう。私の考えがあるだけだ。被っていようが、遅れていようが、まあ、どうでもいいのではないだろうか。そもそも好きに書いているだけのこのブログに意味なんて特にない。 

 ダラダラと私のことを書いていくだけだ。それでいい。

卒論の書き方は分からない

 卒論、、、難しい!

 

 今日、私が属する大学のコースの卒業論文発表があった。

 いやあ、とにかく面白かった。多様なテーマ、鋭い視点、広い視野、豊富な情報収集。同じ年の入学生とは思えない。やっぱり、曲がりにも某国立大学。研究は高度で非常に勉強になる、素晴らしい内容のものばかりだった。

 さて、来年は私が書くのだ。、、、どうしたものか。

 何度も卒論検討会を行い、テーマ、方法発表は行っている。しかし、いいものは全く生まれない。私の勉強、考察不足と言えばそれまで、いや、その通りなのだが、難易度が高い。

 やりたい、面白いことをテーマにしろ、とは何度も言われる。実際、鉄道やツイッターなどの興味あるものの発表を行っている。だが、上手く形にならない。

 あと、私の好きなもの、、、。ポケモン、アニメ、ラブライブ、、、。聖地巡礼や現代オタク像などは是非ともやってみたいと思うが、上手く発表できるかどうか。

 いやあ、何しよう!!

 これが好きとか、これが知りたい、っていうのは多数あるが、研究にするには躊躇する、というより論文になるのか、研究方法を考えにくい、、、とか色々拒む点がある。

 毎日少しづつ考えていこうと思う。